中国は2020年9月、2060年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを実現する目標を発表した。この目標に対して、中国が直面している課題、目標達成までのロードマップ、主要産業の投資機会、技術面の革新、大手企業の取り組みといったさまざまな点が注目を集めている。
カーボンニュートラ戦略の概要に加え、電力業界における3つの重点分野である「太陽光発電)「風力発電」「エネルギー貯蔵」を中心に分析する。これらの分野について特に、政策内容、市場トレンド、産業チェーンのコア分野や技術のトレンドなどを俯瞰したい。
カーボンニュートラル戦略の概要
中国の2060年カーボンニュートラル実現目標と宣言
カーボンニュートラル(carbon neutrality)は温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、その合計を実質ゼロにすることを意味する。
習近平国家主席は2020年9月22日、国際連合(国連)総会のビデオ演説で「中国は2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを実現することを目指す」と宣言した。世界最大のCO2排出国である中国が、脱炭素化の固い決意を示した重要な一歩とされている。
現在、120以上の国と地域が2050年までのカーボンニュートラル実現を表明している。2060年までの中国、2070年までのインドも含めると、全世界で約3分の2はカーボンニュートラルの目標を掲げていることになる。
中国のCO2排出量は世界最大、電力・熱供給部門が排出量の過半
『Statistical Review of World Energy 2021』によると、2020年に中国のCO2排出量は世界全体の30.7%と最大を占め、2位は米国(13.8%)、3位はEU(11.1%)となった。
中国のCO2排出量は長年にわたる経済成長に伴い、2011-20 年期間に年平均成長率(以下、CAGR)1.3%で拡大した。一方、EU(-2.7%)、米国(-2.0%)、日本(-1.8%)といった先進諸国は、同期間に既に減少傾向を示している。
CO2排出量の部門別の構成を見ると、中国は先進諸国と同じく、電気・熱供給が最大の部門で、全体の51%を占めている。また、工業部門が28%、交通部門が10%、建築部門が4%と続く。中国は先進諸国に比べ、電気・熱供給と工業部門が占める割合が大きい点が特徴となっている。
2020年に火力発電約7割、再エネ中心のエネルギー構造への転換
中国の電力供給では火力発電(石炭、ガス、石油による発電)が構成比として最大であり、2020 年には発電量全体の67.4%を占めた。そのうち、95%は石炭火力だった。一方、太陽光・風力の発電量は全体の11.7%にとどまった。
このため、中国の脱炭素化に向けては、発電に占める化石エネルギーの割合を減らし、太陽光・風力・水力などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)を拡大することが重要となる。
カーボンニュートラル実現に向けたロードマップと重点施策
中国政府は2021年10月24日、「カーボンピークアウトとカーボンニュートラルの完全、正確かつ全面的な実施に関する意見(关于完整准确全面贯彻新发展理念做好碳达峰碳中和工作的意见)」を発表し、2060年までに非化石エネルギー消費の割合を80%以上に引き上げる目標を明確にした。特に、10分野の主要任務を定め、カーボンニュートラルのロードマップを具体化した。
また、国務院は2021年10月26日、「2030年までのカーボンピークアウトに向けた行動方案(2030年前碳达峰行动方案)」を発表し、各産業への行動目標を定めた。中国マクロ経済研究員国土開発・地域経済研究所の宋建軍研究員によると、同方案では、エネルギーのグリーン・低炭素転換、省エネ・CO2削減の効率化向上、工業分野へのCO2削減が最重要項目と指摘されている。
電力業界
中国がカーボンニュートラルという目標を達成するためには、CO2排出量の主因となる電力部門の変革が急務となる。現在主力となっている火力に取って替わる再エネを利用した発電は、電力業界の今後のけん引役として期待される。
中国の現状の電力業界の発展状況を見ると、太陽光発電、風力発電、エネルギー貯蔵の各市場は、大きな成長機会を迎えている。このうち特に重要なのが、「分散型太陽光発電*」「洋上風力発電」「電気化学式エネルギー貯蔵」の各分野である。同時に、コストダウンとエネルギー効率の向上に向けて、各分野ではウェハおよび電池セルの大型化、風車の大型化、リン酸鉄リチウム電池といった技術革新が進められている。
*電力の消費地近くの建物の屋上や敷地内に分散配置される比較的小規模な太陽光発電で、遠隔地の大規模な集中型太陽光発電に対する相対的な概念。
コスト低減で太陽光・風力発電が拡大、2060年に電力の7割超
主な再生可能エネルギーとしては、水力、原子力、風力、太陽光などが挙げられる。しかし中国の場合、主要な水力資源の半分以上は開発済みであり、主要流域の中で残るのは、チベット自治区を流れるヤルンツァンポ川(雅魯蔵布江)流域のみである。また、原子力発電の開発は着実に進められているが、安全性、核廃棄物処理、ウラン資源不足などの問題を抱えている。
太陽光発電と風力発電のコストは近年、劇的に低下している。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が設備・運転・保守などを含む各種コストをベースに算出した「均等化発電原価(LCOE)」を見ると、2020年に世界太陽光発電のLCOEは0.057ドル/kWh、陸上風力発電は0.039ドル/kWh、海上風力発電は0.084ドル/kWhとなった。2010年のLCOEに比較すると、太陽光発電が85%減、陸上風力発電が56%減、海上風力発電が48%減と、いずれも大幅に低減している。今後は技術革新と設備増強により、太陽光発電と風力発電のコストダウンはさらに進むと見込まれる。
北京に本部を置く全球能源互聯網発展合作組織(Global Energy Interconnection Development and Cooperation Organization、GEIDCO)によると、2060年までに中国における発電設備容量は合計で8,000GWに達する。このうち太陽光発電は全体の47.5%(3,800GW)を占め、これに続き、風力発電が31.2%(2,500GW)、水力発電が9.5%(760GW)、ガス発電が4.0%(320GW)、原子力発電が3.1%(250GW)となる見込みである。
太陽光・風力発電の投資額、再エネ投資総額の6割以上
中国投資銀行の中金公司(CICC)が引用した中国電力聯合会(以下、中電聯)のデータによると、再エネの投資総額は2020年から2060年にかけて合計55兆元と予測される。このうち、太陽光発電は最大で全体の36%を占め、20兆元となる。風力発電(14兆元、26%)、水素製造(9兆元、16%)、エネルギー貯蔵(7兆元、13%)がこれに続く。
また、第14次5カ年計画(2021-25年。以下、十四五)期間の省級行政区における太陽光発電・風力発電の設備容量を見ると、内モンゴル自治区、河北省、山東省、青海省、新疆ウイグル自治区、山西省が主な設置箇所となっている。このうち、内モンゴル自治区における太陽光・風力発電の設備容量の目標値は2025年までに134GWで、国内第1位となっている。
一方、国家発展改革委員会および国家エネルギー局は2021年に入り、砂漠や荒涼地を中心に大型風力・太陽光発電拠点の建設を加速している。第1期のプロジェクト(合計100GW)は主に豊富な風力・太陽光資源がある内モンゴル自治区、青海省、甘粛省、陝西省などに集中し、2021年12月まで約75GWのプロジェクトが着工している。
太陽光発電市場
太陽光発電が急拡大、分散型が年率37.7%成長
太陽光発電の設備容量は2017年よりCAGR23.8%で拡大し、2021年の308GWに達した。2017-21年期間のCAGRを見ると、分散型は37.7%で、集中型の18.6%を大幅に上回っている。
集中型に比べると、分散型の太陽光発電設備は設置場所の制限が少ない。また、電力消費地に近く設置できるため、送電ロスを抑えられる利点もある。電気販売価格を補助する補助金制度が廃止される前の駆け込みに加え、商工業セクターでの需要増は分散型の普及をけん引している。
補助金の主体は中央から地方政府に移行
太陽光発電業界の健全な発展を促進するため、中国政府は2013年に補助金制度を開始した。しかしその後の順調な発展により、同業界は、再エネ発電のコストが既存の電力価格と同等以下になる「グリッドパリティ」を2021年に実現した。このため中央政府は同年から、新規の集中型太陽光発電所および商工業用の分散型太陽光発電プロジェクトへの補助金を廃止した。
ただし、地方政府は分散型太陽光発電の成長を促進するため、発電量、設備容量、投資額に応じた補助金の制度を導入している。例えば、北京市は商工業用および住宅用の太陽光発電、公共建築物および建築物一体型の太陽光発電に対し、それぞれ0.3元/kWh、0.4元/kWhの補助金を設定している。
「全県推進」政策が分散型太陽光発電市場の成長を加速
中国政府は近年、分散型太陽光発電市場の発展に力を入れている。国家エネルギー局は2021年6月、「全県(市、区)の屋上分散型太陽光発電の開発のためのパイロット方案に関する通知」(关于报送整县(室、区)屋顶分布式光伏开发十点方案的通知、以下、「全県推進」)を発表した。太陽光発電設備を設置できる屋根面積の割合は、政府機関が5割以上、学校・病院・村委員会が4割以上、商工業の工場が3割以上、農村住民が2割以上というのが申請条件となっている。国家エネルギー局は2021年9月、「全県推進」プロジェクトの対象となる676県のリストを発表した。国家エネルギー局によると、2021年にパイロットプロジェクトを申請した分散型太陽光発電の備案設備容量は合計で46.23GWであり、主に山東省、河北省、江蘇省に集中している。
分散型太陽光発電の新規設備容量は2020年よりCAGR21.2%で拡大し、2025年の40.5GWになると見込まれる。また、太陽光発電の新規設備容量に占める分散型の割合は2025年に41%に拡大するとみられる。
完備されたサプライチェーン、高い国産化率
中国の太陽光発電業界は2008年、海外市場での需要縮小のあおりを受け、中小企業が多数倒産した。そして2013年からの補助金制度の導入により、国内の太陽光発電市場は本格的に発展した。現在では完備されたサプライチェーンを持ち、製造能力と市場シェアが世界最大となっている。
中国の華泰証券によると、太陽光発電装置を構成する主要パーツの世界生産額に占める中国企業の市場シェア(2019年)は、ウェハが93.7%を占めた。このほか電池セルが77.8%、モジュールが68.8%、シリコンが67.3%%と、いずれも大きなシェアを占めた。太陽光発電システムは35.3%だった。
技術革新でエネルギー効率向上とコスト削減を推進
太陽光発電業界では、エネルギー効率向上とコスト削減を実現するためのイノベーションに各社が積極的に取り組んでいる。
ウェハ・電池セルの大型化
国際エネルギー機関(IEA)は、ウェハおよび電池セルの技術向上により、太陽光発電のコストが今後5年間で36%低減する予測している。また、ウェハと電池セルの大型化は、さらなるコスト削減を促すと期待されている。
中国シリコンウェハ大手の隆基绿能科技によると、生産量に占める182mm角の割合は2021年Q1の17%から同年Q4の61%へと拡大した。また、2021年末時点で、210mm角のモジュールを量産できる国内企業数は30社以上に達した。中国の太陽光発電調査会社のPV InfoLinkによると、中国における大型のセルおよびモジュールの生産能力は2025年まで拡大傾向が続く。出力600W以上のモジュールは分散型太陽光発電のプロジェクトに使用される予定もあるという。
ペロブスカイト太陽電池
次世代技術の「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」は現在、世界で注目を集めている。従来の太陽電池の材料としてはシリコンが一般的だが、ペロブスカイトという結晶構造を持つ材料によるPSCの開発も進んでいる。PSCには軽くて曲げやすいといった特徴があり、製造コストもシリコン製の半分以下になると期待されるが、大型化や耐久性などの点で課題が残る。日本企業では、東芝が2018年6月、世界最大サイズ(703cm2)のモジュールを開発した。また、同社は受光面積900㎠の実用化に向けて開発を進んでおり、2025年までに変換効率20%以上を目指すとしている。
集光型太陽熱発電
集光型太陽熱発電(Concentrating Solar Power、CSP)は、太陽光を利用して蒸気を発生させ、蒸気タービンを回して発電する技術である。CSPシステムは蓄電機能があり、日照時間が短い場合でも発電することができる。また、CSPは出力の安定性と柔軟性が高く、ベースロード電源とピーク電源として利用できる。
風力発電市場
風力発電の設備容量は世界首位、過去10年間で二桁成長
風力発電の設備容量は、中国が2010年に米国やドイツを抜いて世界最大となった。CEIdataによると、風力発電の累積設備容量は2011-21年にかけてCAGR25.3%で増加し、2021年には328.5GWに達した。
補助金制度が廃止される前の駆け込み建設があり、新規設備容量は2020年に過去最高の72.1GWを記録し、2021年に47.6GWと下落した。
コア部品「主軸」は国産化率が低く外資メーカーに商機
風力発電機は、ロータ系(ブレード、ロータ軸、ハブ)、伝達系(増速機、主軸)、電気系、運転・制御系、支持・構造系(タワー、ナセル、基礎)の5つの主要パーツから構成される。コスト構成を見ると、タワーは全体の約3割を占めている。これに続き、ブレードが22%、ブレーキが10%となっている。
また、中国の開源証券が引用した英調査会社Wood Mackenzieのデータによると、中国の風力発電機業界のコア部品国産化率は、タワーが100%となっており、発電機、基礎、ブレーキについても8-9割を実現している。一方で、生産工程が複雑で、長期間にわたる研究開発と技術ノウハウも必要となるため、主軸の国産化率は33%にとどまる。こうした主軸は主にドイツ、スウェーデン、日本の大手メーカーが高いシェアを誇っている。風力発電向け主軸の世界シェアは、ドイツのSchaefflerが29%を占め、スウェーデンのSKFが24%、日本のNTNが12%、日本のジェイテクトが9%これに続く。
日刊工業新聞(電子版)によると、NTNは中国や欧州市場などの需要増に対し、2023年に風力発電設備の主軸用大型軸受の生産能力を現状の2倍まで引き上げるという。また、軸受大手の日本精工は風力発電機向けの軸受の生産能力を拡大するため、遼寧省の瀋陽市で3番目の新工場を建設し、今後3年間で30〜50億円を投資する予定がある。中国の風力発電市場の拡大は、日系のベアリング大手にとっても大きなビジネスチャンスとなりそうだ。
風車大型化に最適な炭素繊維、日系企業に競争力
風力発電業界では近年、風車の大型化やタワーの伸長により出力と出量が増し、発電コストが低下している。
中国風能協会および国家能源網のデータによると、2000年から2020年にかけて、新規風車の平均出力は徐々に増加している。2020年に中央企業が入札した風力発電プロジェクトのうち、3MW以上の風車は全体の7割以上を占めている。
今後、8MWや10MWといった大型の風車が普及すると、ブレードの軽量化と費用削減は重要な課題となる。軽量かつ高強度、高弾性の特徴を持つ炭素繊維は、風車のブレード分野に最適な素材となっている。中国の調査会社EqualOcean Intelligenceによると、中国における風車ブレード用の炭素繊維の需要量は2020年の2.06億トンから2025年の5.60億トンに急増すると見込まれる。
炭素繊維は東レ、東邦テナックス、三菱ケミカルなどの日系素材メーカーが高い競争力を保持している。東レは2021年11月、風力発電用の炭素繊維の世界生産能力を引き上げる計画を発表した。投資額が140億円であり、2023年から生産開始する予定がある。同社は米国やハンガリーなどの海外生産拠点の生産拡大により、グローバルな需要拡大に対応している。
洋上風力発電シェア拡大、新規設備容量が東南沿岸部に集中
洋上風力発電は、豊富な資源、高い発電効率、土地や騒音、景観などの制約の少なさといったメリットがあり、中国政府の戦略的新興業界に指定されている。中国の洋上風力発電の累積設備容量は2021年に世界首位となった。風力発電設備の技術や建設工法の進化により、将来的には洋上風力発電のグリッドパリティが実現し、普及を後押しすると期待される。GDIECOによると、中国の風力発電設備容量での洋上の割合は2020年の3.2%から2060年の6.4%へと拡大すると見込まれる。
現状、2025年までの洋上風力発電の建設は主に東南沿岸部に集中している。広東省は2025年までに18GWの新規設備容量があり、東部・西部のエリアで10GW以上の大規模な洋上発電基地を建設する計画も掲げている。
陸上・洋上風力発電の設備容量の予測
エネルギー貯蔵市場
エネルギー貯蔵は新型電力システムの必須インフラ
カーボンニュートラルを実現するために、太陽光や風力など再エネを利用した発電は急速に拡大している。しかし、これらは、日射量や風の吹き具合といった気象条件に影響されやすい。電圧や周波数の変動も大きく、既存の送電網に接続すると、電力供給の安定性に問題が生じる。このため、エネルギー貯蔵システム(Energy Storage System、以下ESS)の導入が進んでいる。同システムは、電力供給のピーク時に電力を蓄電し、需要のピーク時に電力を供給し、安定的な電力供給を目指している。
2021年3月に開催された中央財政経済委員会第9回会議では、「新エネルギーを中心とした新型電力システム」が提唱された。同システムは従来の「源(電源)-網(電網)-荷(負荷)」の構造から「源-網-荷-貯(貯蔵)」への転換を図ろうとするものである。ESSは発電事業者、電網(送配電)事業者、電力利用者のいずれにとっても不可欠であり、その重要性が増している。
新型電力システムの構造
中央・地方両政府は2021年からESS業界の発展を加速
国家発展改革委員会および国家エネルギー局は2021年7月15日に「新エネルギー貯蔵の発展に関する指導意見(关于推动新型储能发展的指导意见)」を発表し、発電事業者・送配電事業者・電力利用者の多様な発展を積極的に促進し、2025年までに新エネルギー貯蔵の新規設備容量を30GW以上に増強するとの目標を掲げた。
また、国家エネルギー局は2022年3月、国家発展改革委員と共同で「新エネルギー貯蔵に関する第14次5カ年計画の実施方案(十四五新型储能发展实施方案)」を公表した。同方案によると、2025年までに新エネルギー貯蔵は商用化の初期段階から大規模な商用化段階に発展し、技術の革新能力と設備の自主開発能力を大幅に向上する。電気化学式貯蔵技術の性能をさらに向上させ、ESSのコストを30%以上に抑制する目標も盛り込まれた。また、2030年までには新エネルギー貯蔵市場の完全競争を完成させる。この段階では、コア技術と設備が自主開発となり、技術革新と産業レベルは世界最高水準に達する見込みとなっている。
地方政府によるESS市場促進策も次々と発表されている。2021年6月末時点で、計25の省級行政区が新エネルギー発電所へのESS設置を義務付けている。新エネルギーを利用した発電所のうち、5〜20%でESSが併設される。また、各地方政府はエネルギー貯蔵プロジェクトの投資額に応じた補助金制度も設けている。
電池コストは年率7.3%ずつ削減へ、ESS市場拡大に弾み
現在主流となっている電気化学式貯蔵技術では、コスト全体の半分以上を電池が占めている。このため電池がESSのコスト削減のカギを握っている。
北京を拠点とするコンサルティング会社、徳佳諮詢グループによると、10MW設備容量のESSコストは2020年の1,835元/kWhからCAGR6.6%で減少し、2025年の1,305元/kWhになると見込まれる。同期間における電池コストのCAGRはマイナス7.3%と見込まれる。
需要時間帯別の電気料金格差が拡大、ESSビジネスの収益性も向上
中国政府は近年、電力体制改革を進めており、市場自由化を加速させている。2021年には、6月に『2021年新エネルギー発電の買取価格政策に関する通知』、7月に『時間帯別の電気料金メカニズムの改善に関する通知』、10月に『石炭火力発電の買取価格の市場化改革に関する通知』を相次いで導入。電気料金設定の柔軟性を高め、企業ユーザー側による電力取引市場への参入を支援している。中国では2017年から電力スポット市場の改革が始まり、2021年12月末時点で32の省内電力取引センターと2つの地域電力取引センター(北京と広州)が設置されている。
電気料金改革で、電力需要の最大時と最小時の料金格差が拡大しつつあり、ESSビジネスの収益性は向上している。電気料金の格差が大きければ、裁定取引(電力市場でスポット価格の安い時に電力を貯蔵し、安い時に電力を売って、利ざやを稼ぐこと)を行う企業の利益は大きくなる。興業証券が引用した国家エネルギー局のデータによると、2021年に北京市の商工業における電力需要の最大時・最小時の料金格差は最大で1.12元となった。今後、電気料金価格や電力市場メカニズムの改革の進行により、より多くの企業がESSビジネスに参入すると期待される。
ESS市場は2025年までに急成長、発電事業者の需要が最大
上記の促進要因(促進策、コストダウン、収益性)により、ESS市場は今後急速に拡大する見込みとなっている。天風証券が引用したCNESAおよび国家エネルギー局のデータによると、中国におけるESS設備容量は2020年の1.5GWhよりCAGR99.8%で急拡大、2025年には47.8GWhに達するという。
同年の発電事業者によるESS設備容量は全体の75.7%を占め、ESS市場の成長をけん引する見込みとしている。発電事業者向けのESS市場において、一定の性能を持つ製品については、コストパフォーマンスが最重視される。こうした条件を満たす電池メーカーとPCSメーカーはより高い市場シェアを獲得できると予想される。
現状は揚水式貯蔵がシェア9割、今後は電気化学式が発展
エネルギー貯蔵の技術は「機械式(揚水式貯蔵、圧縮空気貯蔵、フライホイール)」「電気化学式(リチウムイオン電池、鉛蓄電池、ナトリウム・硫黄電池、レドックスフロー電池)」「電磁的蓄電」に大別される。
このうち、機械式の一種である揚水式貯蔵は技術成熟度が高く、コストが安い利点がある。2000~2020年にかけて、世界のESS累積設備容量の9割以上は揚水式貯蔵が占めた。
しかし、揚水式貯蔵は地理的な制限があり、エネルギー変換効率が70-75%に止まっている。この一方で、電気化学式の貯蔵方式はエネルギー変換効率が高く、建設期間も短いメリットがあり、2018年から急速に成長している。今後、リチウム電池の技術発展でコストの低減が進み、電気化学式貯蔵の需要はさらに拡大すると見込まれる。
コア部品は電池とPCS、IGBT分野は日本企業の牙城
リチウムイオン電池を使用したESSのサプライチェーンは川上の電池材料や設備メーカー、川中のESSシステム統合・施工業者、川下の最終顧客から構成される。ESSは主に、電池パック(BA)、電力変換システム(PCS)、電池管理システム(BMS)、エネルギー管理システム(EMS)から成り、特に電池とPCSが中核部品となる。
コスト構成を見ると、電池が全体の67%を占めている。これに続き、PCSが10%、BMSが9%、EMSが3%となっている。
現在、海外における貯蔵用電池市場は日韓メーカーが優勢で、主に三元電池が使用されている。一方、激しい競争がある国内市場においては、エネルギー密度では三元電池に劣るものの安全性やコストパフォーマンスに優れたリン酸鉄系電池が主流となっている。また、貯蔵用電池は使用期間が20年程度と長期にわたるため、サイクル寿命に対する要求が高くなっている。
また、ESS市場の拡大に伴い、PCS の心臓部となる「IGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ、電力の直流・交流や周波数の変換、制御などを行う)」は不可欠な部品として注目されている。シリコンを原材料とするパワー半導体の性能向上は物性的な限界に近付いており、各社はSiC(炭化ケイ素)をはじめとする新素材を用いたパワー半導体の開発を加速している。現在、東芝、ローム、富士電機などを代表とする日本企業がトップクラスの市場シェを誇っている。主要企業各社は十分な供給量を確保できるため、相次いで工場の新設・増設計画を発表している。東芝は加賀東芝構内に300mmウエハ対応製造棟(低耐圧MOSFETおよびIGBTの生産が中心)を新たに建設し、2024年度内の稼働開始を予定する。ロームの福岡県のSiCデバイス工場は2021年1月に竣工し、2022年に稼働開始予定もある。